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ブログ

指導者と選手の関係性②

2018年2月7日

前回の「指導者と選手の関係性」で挙げた問題点や解決策について考えていこうと思う。

主に、日本のスポーツ界の中での指導者と選手の関係性は、上下関係によるものが大きく、選手をコーチングするといったシステムや関係性が構築されていないという問題点について。

この問題点については、選手自身、指導者の2つの視点で考えていく必要がある。

まず「選手」について。

選手として重要なことは
①目標は何か
②目標達成に必要なことは何か
③目標達成に対して優先事項を何に設定するか
④中長期的ビジョンまで考えられているか

トレーニング理論については、考えや価値観・思想も大きく影響するし、実際にこれが確実に正解だということは現時点ではない。トレーニングによって起こる身体の反応・変化などは検証されてきているが、個々によって速筋線維・遅筋線維や代謝能力も異なってくるので、アプローチの選択肢もいくつもある。よって、競技力向上には様々な要素が存在するため、どの選択をして実行するか。そして検証・フィードバック含めて行うことが重要だ。

ここで一番重要なのは、「自分」を持つということだ。
目標や優先事項は人それぞれだ。共感できる点についても個人の価値観によって様々である。その中で自分は一体何がしたいのか。そしてそのために必要なことなどをしっかりと理解した上で選択する必要があるし、これこそが自己責任なのだ。

日本人は、良くも悪くも「言われたことを守る。」ということを重んじる。これは義務教育や集団行動、規律の遵守など幼少期から頭や身体に染みついているものでもある。課題としてこれらの教育・風習には個性を伸ばすといったことは置き去りにされていて、あくまで周りと歩幅を合わせたり、1つの価値観の中に収まることを良しとしている。

これによって何が起きるか。

自分では明確な目標を持っていたとする。しかし目標達成のために必要なことを実行しようとした時に、自分で決断するという思考が働く前に、周りの様子を伺うといったアクションが入ってくる。
「周りの皆はどうやろうとしているかな」
「自分は違う考えだけど、これって合っているのか」
など

また、アスリートに限らず、結果を求められるものに関しては、同時に責任が発生する。

集団での行動は責任というものが曖昧になる。よく「人のせいにするのは良くない」と言うが、この「人のせい」というのにはいくつかの要因があり、システム自体がしっかりしていないと責任というものが曖昧になり、目的を見失いやすい。結果的に、何も得ることが出来ないという状態に陥る可能性が高い。

集団というものは、流されてしまう傾向にある。これは常識と似ている部分もある。
同じ方向に進んで行くとして、それが正しいと思う人が6割いるとする。後の3割はなんとなく流される。残りの1割はそれは違うと考える。つまり自分は間違っているかもしれない。少数派かもしれないという感覚がつきまとい、意思決定・実行ができにくい。(実際はあくまで大多数ではないだけで、あまり意識する必要はないのだが。)

ただ、集団での利点というものも存在する。より高い質のトレーニングができる事もある。集団での利点は活用できるところは活用すれば良いし、それが利点なのかそうではないのか。そこは自分で判断する能力が必要となる。

また、リスクとリターンについても考える。
物事を選択するにあたり、メリットとデメリット・リスクとリターンが存在する。自分がどうしても譲れない点があるとすれば、それを勝ち取る代わりに犠牲を伴うこともある。

例えば、自分のやりたいことがチームの方針とは明らかに異なるとする。そうなった場合に自分の主張を通して実行するからには、その結果に対する責任はより増加する。(コーチとの関係性が構築されていれば話は別)
また、結果に対する責任をとる自信がない場合、ある程度自分の意思とは反しても言われたことをやることになる。そうなった時に結果に対する責任が曖昧になる。

よって、考え方や価値観にもよるが、自分の主張や目的を明確に果たすために実行する場合には、それ相応の準備と実行力・またリスクに対する責任を持てるかどうか。ここが1つ判断基準となると考える。

選手は、競技パフォーマンスの向上のため・指導者との良い関係性を構築しコーチングを受けるためには、まず自分の特性・目的・目標を明確にし、環境を選択する。自分の考えていることを言葉にして伝える能力を身につける。そして優先事項と状況から最善の選択をする。それらを継続しステップアップしていく。これが重要だと考えている。
あくまで、競技力を向上させることが目的であるため、これらが脱線しないように、選択と意思決定に関しては自らの自己責任で行う必要がある。そして、目的・目標を共有できる指導者にコーチングしてもらうことが望ましい。

 

次に「指導者」について考える。
だいぶ選手側の説明が長くなったが、重要なのはここだ。
まず最初に指導者の仕事とは、選手の特性などを考慮しその選手の能力を最大限伸ばし発揮させることだ。

私は指導者の問題点は2つあると考えている。

①成功体験・固定概念に依存する
②指導者の育成制度がないこと

①成功体験・固定概念に依存する
こちらは、コーチングするにあたり、指導者の成功体験が大きく影響するということである。例えば、すごく距離を走り込んで成功した指導者がいたとする。すると、選手のコーチングをするにあたり、走行距離が1つの指標になる。
「俺は走り込んで強くなった」
これは良くある話だが、これには非常に大きなデメリットがある。まず、選手特性を無視していることだ。正直、この指導方法なら選手を選定して勧誘する必要がない。誰でも良いのだ。
成功体験というものは明確に記憶されていることが多い。よって、それによる失敗もあるはずだが、それよりも成功した時の記憶の方が強いため、同じ事をすれば良いという思考になる。そもそも選手は1人1人違う。よって勧誘する段階で、もし育成方針が明確であるならば、それを伝えることは義務である。走りこませる事を徹底させる場合は、それを明確に打ち出した中で選手に伝えなければいけない。

また、成功体験以外にも固定概念も大きく影響する。指導者の中の価値観として、
「このトレーニング方法が絶対に正しい」
というものがあったとしたら、それ以外のトレーニング方法を取り入れようとすることが難しくなる。

トレーニングにおいて同じメニューを行わせ一括して見たほうが効率が良い。
しかし、そのメニューを全員が消化したとして、適正なペースで行えた者もいれば、かなり高強度になる者。逆に低強度になる者もいる。しかし集団でのメニューの実施については、その集団で出来たか出来なかったかが1つの軸となってしまう。そのため競技力のあまり高くない選手は、必死で集団につかなければならず、結果オーバートレーニングや怪我に繋がるリスクが高まる。

また、大きく分けてスピードタイプ・スタミナタイプがいたとする。そうすると得意不得意なトレーニング(特性によるもの)があるし、それぞれ長所や短所も違う。そしてそこに競技力の違いや目標の違いが存在する。

本来のコーチングとは自分の成功体験・固定概念に依存したり効率化させることではない。様々な選手の特性を理解し、競技力を伸ばすことにある。結果を出すための方法は1つではない。様々な角度から見ていく必要があるし、そこには指導者の経験だけでは習得できない引き出しを多数持っている必要がある。

また、ここでおかしな現象が起きることがある。指導者の意に反したトレーニングを行い結果を出すことよりも、指導者の言うことに従っている者の方が評価の高いケースがあるということだ。
陸上競技とは、明確に競技力が数値化される。しかし、それ以外の評価軸で言う事を聞いたか聞かなかったかが存在してしまうのは、日本の一部の実業団の指導におけるデメリットの部分だと思う。
これが上司と部下の関係性がスポーツに影響している部分である。これにより、選手がいくら自分で考えていたことがあったとしても、それを実行することが困難になる。チームというのは集団である。その中で違った行動をとるということのリスクは、競技力向上とは関係のない部分のリスクとして存在してしまうのだ。

②指導者の育成制度がないということ
これは①の改善策でもあるはずなのだが、現状コーチングというものを学ばなくとも指導することが出来てしまう。
実績を残した選手がいたら、引退するとすぐに指導者の立場になることが多い。すると自分の成功体験・固定概念で指導するしか方法がないのだ。
ここに指導者育成・研修制度があれば、そこで自分の競技者として以外の観点を学ぶことができる。競技者と指導者は立場や必要なスキルが明確に違う。指導するということはトレーニング方法だけでなく、コミュニケーション能力や様々な分野のことを学ぶ必要がある。指導者は競技している中では習得できないスキルが必要になってくるため、そのための研修は必須だと考えている。

また、制度としてはライセンス制度を取り入れることも良いと思う。一定の研修内容・期間を終えたらライセンスを発行。それも大学と実業団で分けることで、大学スポーツ・プロスポーツというカテゴリー別でのコーチングのスキルというものも習得することができる。

多数の選手をコーチングするということは、一括で管理することではない。選手の特性を理解し伸ばすことのできるコーチングスキルが必要であり、人数が多くなればなるほどより高度なものとなってくるため組織論や経営学なども関係してくるだろう。

また、優秀な指導者がいたとして、選手個々のことを本当に育成したいと思っていても、その思いだけではコーチングできない。
そういった指導者のためにも研修制度は必要ではないかと思う。

現在、一部では海外などでコーチングの研修を受ける制度が実施されている。しかし、受講者や、そもそも対象者自体が少ないためもっと普及させてほしい。

また近年、旧態依然から少しずつ変わり始めている。コーチングシステムも良いものが取り入れられたり、トレーニング方法などについても成功体験や固定概念ではないものを取り入れる指導者も出てきている。それらが形となって波及していき、もっと影響力が高まり注目される時がくることを願っている。

「指導者」と「選手」の関係性というよりは、お互いに必要な要素・スキルを身につけることによって、それらが合致した時に良い関係性が生まれてくるのではないかと考えている。そしてそれが本来のコーチングをする者と受ける者の関係ではないかと思う。

次へ続く・・・

 

 

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